「また、あの保護者から電話だ……」 放課後の職員室。受話器を置いたばかりの隣の席の先生が、震える手で顔を覆う。 そんな光景を、私は10年間の教員生活で何度も、何度も見てきました。
私立高校の国語科教員として教壇に立ち、生活指導で生徒の非行やトラブルと向き合い、ラグビー部顧問として泥だらけになって生徒と共に走った10年間。 その日々の中で私が見たものは、志を持って教育の門を叩いたはずの優秀な先生たちが、一部の理不尽な要求や、出口の見えない対立によって、一人、また一人と心を削り、現場を去っていく姿でした。
はじめまして。元教員で「教員の代弁者」を目指す者です。 今日、私は先生方を理不尽から守る「防波堤」として、このブログを立ち上げました。
1. 教室は「孤独な戦場」になっていないか
担任を持ち、部活動を指導する中で、私たちは常に「聖職者」であることを求められます。 「生徒のためなら」「教育のためなら」 その言葉の影で、先生方は深夜の電話に対応し、休日を返上し、時には言葉の暴力を一身に浴びています。
特に保護者対応において、先生はあまりにも孤独です。 管理職は「円満に解決してくれ」と言い、同僚は自分のクラスで手一杯。教室という密室の中で、先生はたった一人で巨大な外圧と向き合わされています。
しかし、断言します。 先生が一人で全てを背負い、謝り続ける必要なんて、どこにもない。
2. ラグビーが教えてくれた「スクラム」の意味
私はラグビー部の顧問として、生徒たちにこう教えてきました。 「スクラムは、一人では一ミリも動かせない。隣の仲間と肩を組み、全員で体重を乗せるからこそ、相手の圧力を押し返せるんだ」と。
今の学校現場に足りないのは、この「スクラム」です。 先生が一人で耐えるのではなく、誰かが隣に立ち、一緒に圧力を受け止め、代わりに言葉を返す。そうすることで初めて、先生は本来の仕事である「授業」や「生徒との対話」に集中できるのです。
私は、生活指導の現場で数々の修羅場をくぐってきました。 筋の通らない要求には、毅然として「NO」と言う。 感情的な叫びの中から、保護者が本当に求めている「本音」を読み解き、建設的な解決策を共に模索する。 その「盾」としての役割を、私は自らの使命として引き受ける決意をしました。
3. 「現場」と「家庭」の間に、正しい橋を架ける
私の目的は、保護者と戦うことではありません。 「現場」の論理と、「家庭」の想い。 この二つの間に、歪んだ形ではない「正しい橋」を架け直すことです。
先生が疲弊し、笑顔を失った教室で、子どもたちが幸せになれるはずがありません。 先生を守ることは、巡り巡って、子どもたちの未来を守ることに直結している。私は本気でそう信じています。
最後に:先生、顔を上げてください。
もし今、あなたが暗闇の中で、誰にも言えないプレッシャーに押し潰されそうになっているのなら。 このブログを、あなたの「スクラム」の隣の一人だと思ってください。
「先生のスクラム。」は、あなたの味方です。 これから、私が現場で培ってきた「自分を守るための伝え方」や「理不尽を撥ね付ける論理」を、余すことなく伝えていきます。
先生、あなたはもう、一人で戦わなくていい。 私と一緒に、スクラムを組みましょう。
【あなたと「スクラム」を組みたい】
今、もしあなたが一人で抱え込んでいる悩みがあれば、下のコメント欄に声を届けてください。具体的なアドバイスが必要な場合は、状況を整理して返信いたします。(※公開されたくない場合は、文頭に「非公開希望」とご記入ください。私だけに届きます)
また、私の経験が少しでも全国の先生方の力になればと願っています。職員研修や勉強会などのご相談も、随時受け付けております。
コメント